ハートシート(条件及び期限付承認再生医療等製品)の不承認

日本の再生医療等製品の規制における歴史的な事例となりましたので、備忘録的にメモを残しておきます。

条件及び期限付承認再生医療等製品の第1号であったハートシート(2015年9月承認)について、2024年7月19日の薬事審議会 再生医療等製品・生物由来技術部会にて審議され、「不承認」との結論が得られました。

再生医療等製品・生物由来技術部会でのハートシートの審議概要

概要の資料はこちらにあります。

端的には、有効性が確認できなかったため不承認との結論になっています。

有効性の確認にあたっては、ハートシートを使う使用成績調査のデータと外部の臨床研究データを対照として比較していました。そのため、比較に限界があるとはされていますが、主要評価項目、副次評価項目とも優越性が示せなかったとされています。安全性に関しては、新たな懸念は認められなかったとも言及されています。

この調査結果を踏まえて、薬機法第23条の25第2項第3号イ「申請に係る効能、効果又は性能を有すると認められないとき。」に該当するとして不承認との結論になっています。

その他、ハートシートは、2015年9月の条件及び期限付承認時には5年間の期限とされていました。しかしながら、症例集積に時間を要したことにより、3年間の期限延長が認められていました。したがって、8年の期限を経て、2023年9月に本承認に向けた申請となり、今回の結論に至っています。

再生医療等製品の規制に関する主な批判と厚労省の応答

再生医療等製品の定義、条件及び期限付承認を含め、再生医療等製品に関する規制は2014年11月に施行となりました。

導入当初から、条件及び期限付承認については、Natureによる批判と厚労省による応答(反論)が行われていました。

2015年12月にNatureは「Stem the tide」という記事で日本の再生医療等製品の規制を批判していました。主なポイントは、効果が推定された段階での製品に対して、(期限及び条件付承認に伴って)公的保険の下で製品提供を可能とすることで、

  • 効果がないかもしれない製品に対して高額負担を患者に課すことになる(30%の自己負担)
  • 通常企業が負っている製品開発の投資負担及び(開発失敗の)リスクを(国の保険制度の適用とすることで)国が一部肩代わりすることになる

という状況が生じるので問題だということになっています。また、その際の事例として、今回不承認となったハートシートの承認についても言及があります。

この批判に対して、厚労省は「Response to Nature’s editorial regarding the Japanese legal system for regenerative medicines」という形で反論しています。

反論のポイントは、以下です:

  • 日本の皆保険制度を理解していない(高額療養費制度により患者負担は指摘ような30%にはならない)
  • 治療法がない、アンメットニーズが高い患者に対して、早期に可能性のある治療法にアクセスできるようにする仕組みである
  • 米国のAccelerated Approval、EUのConditional Approvalと類似であり、他国でも同様の仕組みの導入、検討が進んでいる

合わせて、ハートシートの条件及び期限付承認の妥当性も説明しています。なお、この反論の筆頭著者は、佐藤審議官(2024年7月時点)です。

その後、2018年12月のステミラックが条件及び期限付承認を得た際にNatureが「Japan should put the brakes on stem-cell sales」(2019年1月)及び「Japan’s approval of stem-cell treatment for spinal-cord injury concerns scientists」(2019年1月)にて、この承認の妥当性に疑義を示しました。厚労省は(当時の医薬局長名で)、「Japan responds: stem-cell therapy justified」(2019年4月)として承認の妥当性を説明する反論を行っています。

ステミラックの試験デザイン、データを踏まえると有効性を示す可能性が十分評価されておらず、承認すべきではないということが論点になっていました。

所感

2014年の再生医療等製品の規制導入からおよそ10年の歳月を経て、1つの再生医療等製品の(条件及び期限付)承認に対して結論が出たことになります。この事例のみをもって、再生医療等製品の規制のあり方を論じるのは早計ではありますが、否応なしに再生医療等製品の規制に大きな一石を投じることなったと考えています。

上記に示したように、ハートシートについては、承認当初から注目を集め、日本の再生医療等製品の規制に対する批判でも引用されてきた製品になります。厚労省が(ほぼ適用することのない)不承認という判断に踏み切ることは、条件及び期限付承認の仕組みをしっかり運用していることを示す事例となったとも言えます。

2024年7月19日の部会では、ハートシートとともに、コラテジェンも議題になっていました(資料はこちら)。コラテジェンも条件及び期限付承認の再生医療等製品でした。期限内に市販後調査を実施し、本承認に向けた承認申請までは行いましたが、推定時と同様の有効性が示されていないことから、申請を取り下げました。その結果、(条件及び期限付)承認が失効し、保険収載からも削除されました(「コラテジェン筋注用4mg」の保険診療上の取扱いについて)。この事例については、公的保険制度を検討する中医協において(Natureの指摘同様)、公的保険を適用したことの妥当性について批判、今後の制度見直しの要望が出ました(外部記事)。

ハートシートの結果も踏まえて、条件及び期限付承認の再生医療等製品に対する公的保険のあり方は、議論が進むことになろうかと思います。薬事的には米国のAccelerated Approval、EUのConditional Approvalと条件及び期限付承認は類似するものではありますが、Natureで当初から指摘されていた通り、公的保険(国の資金)でどこまでカバーするかは米国やEU諸国と制度が異なりますので、日本としてどうあるべきかの整理が必要になります。

一方で、アクーゴについては、ハートシートやコラテジェンとは内容が異なる部分があり、臨床(有効性)ではなく品質の観点から条件及び期限付承認となっています(関連記事)。このような条件及び期限付承認の運用が妥当かどうかも今後の論点になってくる可能性があります。

ハートシート、ステミラック、コラテジェン、アクーゴとも日本発の再生医療等製品です。少し古いですが2022年1月20日時点における日本で承認された再生医療等製品製品の一覧がこちらにあります。これらの4品目の他に、デリタクト注が条件及び期限付承認の品目となり、こちらも日本発の再生医療等製品となります。

ここまでの事例では、日本発の再生医療等製品に対して条件及び期限付承認が活用されており、また、その適用が妥当だったか検証が必要な状況であることを踏まえると、世界的に通用するような(世界各国の薬事規制に耐えうるような)品目が日本発で開発されているのかといった点も気になります。

臨床試験が実施困難な希少疾患等に対する医薬品の迅速な国内導入を図るための薬事承認審査制度の構築に向けた調査研究」(2023年度)にて、米国のAccelerated Approval、EUのConditional Approvalの状況がまとまっています。

この調査研究は、再生医療等製品に特化したものではなく医薬品を対象にしたものではありますが、以下のような情報があります。

  • 米国のAccelerated Approval:1992年12月から2023年3月までにAccelerated Approvalは295件。そのうち、161件(55%)は通常承認に移行、35件(12%)は取り下げ
  • EUのConditional Approval:2006 年から 2022 年末までにConditional Approvalは82件。そのうち、27件(37.5%)は通常承認に移行、4件(5.5%)は取り下げ

日本では、2022年1月20日時点の承認情報を元にすると、2024年7月時点で、条件及び期限付承認の再生医療等製品4品目中2品目(50%)が本承認に移行できなかったことになります。これらの情報からも、製品の違い、疾患領域/疾患の違い、母数の少なさといったことはあるものの、条件及び期限付承認の運用(対象品目の選定)が適切であったかを検証する時が来たと考えます。

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